Konomew Journal

「とっておいてくれたんだ」が自信になる。子どもの作品と自己肯定感の話

Exhibit — 「とっておいてくれたんだ」が自信になる。子どもの作品と自己肯定感の話

「ママ、見て見て!」——描き上げたばかりの絵を、目を輝かせて持ってくる子ども。そのとき私たち親がどんな顔をして、その絵をどう扱うかを、子どもは案外よく見ています。テーブルの上に置きっぱなしになったのか、冷蔵庫に貼ってもらえたのか、大事そうにファイルにしまってもらえたのか。

今回は、子どもの作品を「大切に残す」という行為そのものが、子どもに何を伝えているのか、という話をしてみたいと思います。

作品は、子どもにとって「自分の分身」

大人から見ればなにげない一枚のお絵かきも、子どもにとっては、そのとき感じたこと、好きなもの、伝えたかったことをめいっぱい詰め込んだ表現です。だからこそ、作品がどう扱われるかは、子どもにとって「自分がどう扱われたか」と重なりやすいのです。

作品をていねいに扱ってもらえた経験は、「自分の作ったものには価値がある」「自分の表現を受け止めてもらえた」という感覚として、子どもの中に少しずつ積み重なっていきます。

「とっておいてくれたんだ」の瞬間

何か月も前に描いた絵を、ふとしたときに親が取り出して「これ、あのとき描いてくれたやつだよ」と見せる。そのとき子どもが見せる、ちょっと照れくさそうな、うれしそうな顔。心当たりのある方も多いのではないでしょうか。

「とっておいてくれたんだ」という発見は、子どもにとって「自分の作ったものを、大事に思ってくれる人がいる」という実感です。ほめ言葉をたくさん並べるよりも、残して、覚えていて、また一緒に見る——その積み重ねのほうが、静かに、でも確かに伝わることがあります。

全部残せなくても、気持ちは伝わる

とはいえ、持ち帰ってくる作品をすべて現物で残すのは、現実的にはむずかしいもの。ここで大事なのは、「残した量」ではなく「大切に扱ったかどうか」です。

手放す作品も、捨てる前に写真に撮って「これはここがすてきだったね」と一言かわす。それだけで、その作品はぞんざいに扱われたのではなく、ちゃんと見送られたことになります。子どもと一緒に「どれを残す?」と選ぶ時間そのものが、「あなたの作品を大事に思っているよ」というメッセージになるのです。

「飾られる」という特別な体験

残した作品を、しまい込んだままにせず、ときどき目に見える形にしてあげるのもおすすめです。家の壁でも、額縁でも、アルバムでも。自分の作品が「飾られている」のを見るとき、子どもは自分が小さな作家として扱われているような、誇らしい気持ちを味わいます。

そしてその作品を前に、家族が「これ、いいねえ」と会話する。子どもにとってこれ以上の展覧会は、なかなかありません。

コノミューという「わが子の美術館」

コノミューは、わが子の作品を写真に撮って、小さな美術館のように育てて残せるアプリです。撮った作品を額縁に入れて展示していくと、スマホの中に、その子だけのギャラリーが少しずつ育っていきます。

「あなたの作品は、飾って残す価値があるものだよ」——館内を親子で眺める時間は、そんなメッセージを言葉にせずに伝えてくれます。おじいちゃん・おばあちゃんに見てもらえば、「すごいね」の声がもうひとつ増えるのもうれしいところです。

子どもの自信は、大きなイベントよりも、日々の小さな「大事にされた」の積み重ねから育っていくのかもしれません。今日持ち帰ってきたその一枚を、いつもより少しだけていねいに扱ってみる。そんなところから、始めてみませんか。

Konomew

わが子の作品も、"ちいさな美術館"に。

撮るだけでAIが子どもの絵をキャラクター化・絵本化。全部は残せない、を前提に、選んだ一枚をちゃんと残せるアプリです。

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